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北広島・旧島松駅逓所にクラーク博士馬上像~桜と歴史を100年先へ

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北広島市島松沢にある「旧島松駅逓所」。

ここは北海道の開拓史を今に伝える国指定史跡であるとともに、札幌農学校初代教頭のウィリアム・スミス・クラーク博士が、学生たちとの別れの際に「Boys, be ambitious!」という言葉を残した地として知られています。

この歴史ある場所で現在進められているのが、クラーク博士の馬上像建立プロジェクトです。

そして、旧島松駅逓所周辺には、歴史的な建造物や記念碑だけではなく、長い年月をこの土地とともに生きてきた桜の木々があります。

NPO法人桜を守り育てる会では、旧島松駅逓所周辺をはじめ、北広島市内の公園や緑地などで、桜の調査・剪定・管理・保全活動を行ってきました。

クラーク博士の歴史を後世へ残す取り組みが進む今、私たちもまた、島松沢の風景を形づくってきた桜を未来へ残していきたいと考えています。

目次

「Boys, be ambitious!」ゆかりの地・旧島松駅逓所(北広島市)

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北広島市にある旧島松駅逓所は、明治時代の北海道で旅人や荷物、馬などの中継拠点として利用された「駅逓所」の一つです。

現在残されている建物は、北海道開拓期の歴史を伝える貴重な存在で、昭和59年(1984年)に国の史跡に指定されています。現存する駅逓所の建物としては、道内で最も古いものです。

この建物は、もともと「寒地稲作の祖」と呼ばれる中山久蔵翁の住まいでした。明治14年(1881年)には、北海道を巡幸した明治天皇の行在所(あんざいしょ)としても使われています。

駅逓所とは?北海道の交通を支えた施設

「駅逓所(えきていしょ)」とは、道路や鉄道などの交通網が十分に整備されていなかった時代の北海道で、人や荷物を運ぶための中継拠点として設けられた施設のこと。

宿泊場所として利用されたほか、馬の貸し出しや荷物の運搬なども行われ、広大な北海道を移動する人々にとって欠かせない存在でした。

旧島松駅逓所は、こうした北海道独自の交通制度と開拓の歴史を現在に伝える貴重な史跡なのです。

クラーク博士が学生たちと別れた島松沢

1877年(明治10年)4月16日、アメリカへ帰国するクラーク博士は、札幌農学校の学生や関係者に見送られながら札幌を離れました。

その別れの地となったのが、現在の北広島市島松沢なのです。

この地は、クラーク博士が馬上から学生たちに「Boys, be ambitious!」という言葉を残した場所として語り継がれており、現在もクラーク博士ゆかりの地として多くの人が訪れています。

クラーク像といえば、札幌の「さっぽろ羊ヶ丘展望台」を思い浮かべる方も多いかもしれません。けれども、名言が実際に生まれたのは、ここ島松沢の地なのです。

クラーク博士と島松沢の歴史については、認定NPO法人クラーク会の公式サイトでも紹介されています。

旧島松駅逓所前にクラーク博士の「馬上像」を建立する計画

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現在、認定NPO法人クラーク会などを中心に進められているのが、島松沢への「クラーク博士馬上像」建立プロジェクトです。

計画されているのは、馬にまたがったクラーク博士が右手で帽子を掲げている・・・躍動感のある姿を表現した馬上像です。

北海道大学構内にある胸像や、さっぽろ羊ヶ丘展望台のクラーク博士像とは異なり、島松沢で学生たちに別れを告げた場面を象徴する像として計画されています。

道内では3例目のクラーク像であり、「別れの地」そのものに立つ、初めての馬上像となります。

2026年はクラーク博士生誕200年など節目が重なる年

馬上像の建立が計画されている2026年は、北広島市や北海道の歴史にとって、大きな節目となる年です。

それというのも、次の3つの記念年が2026年に重なるから。

  • クラーク博士生誕200年
  • 北海道大学の前身である札幌農学校の開校150周年
  • 北広島市の市制施行30周年

こうした歴史的な節目に合わせ、クラーク博士ゆかりの地である島松沢に馬上像を建立する計画が進められてきました。

認定NPO法人クラーク会では、馬上像建立などの事業を支える「アンビシャス基金」を設け、寄付やクラウドファンディングを通じて広く支援を呼びかけています。

詳しい事業内容については、認定NPO法人クラーク会「クラーク博士生誕200年記念事業」をご覧ください。

馬上像は旧島松駅逓所前への設置を予定

馬上像の設置場所として計画されているのは、クラーク博士が学生たちと別れた歴史を伝える旧島松駅逓所前です。

馬上のクラーク博士が帽子を掲げる姿がこの地に加わることで、「Boys, be ambitious!」の言葉が生まれた歴史を、より分かりやすく後世へ伝える場所となることが期待されています。

※馬上像は2026年8月の建立を目標として計画が進められてきました。本記事では、2026年8月31日時点で確認できる公式情報に基づき「建立計画」「建立予定」と記載しています。

保存修理を終えた旧島松駅逓所もリニューアル

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馬上像の建立計画とともに注目したいのが、旧島松駅逓所そのものの保存と活用です。

北広島市では、歴史的建造物を将来へ残していくため、旧島松駅逓所の耐震補強や保存修理を進めてきました。

具体的には壁や屋根の耐震補強、屋根材の全面葺き替えなどが行われ、2026年4月28日にリニューアルオープンしています。

歴史を「見る」だけでなく「知る」場所へ

リニューアル後は、建物そのものを保存するだけでなく、島松沢や駅逓所の歴史をより分かりやすく伝える展示も充実しています。

デジタル映像やジオラマ、手に取って触れられるハンズオン展示などを通じて、北海道の開拓、駅逓制度、クラーク博士との関係などを知ることができる施設として、新しい役割も担っています。

旧島松駅逓所については、北広島市公式サイトの旧島松駅逓所紹介ページでも確認できます。

NPO法人桜を守り育てる会も旧島松駅逓所の桜を守っています

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旧島松駅逓所を未来へ残していくうえで、大切なのは建物や記念碑だけではありません。

その周囲に広がる木々や桜もまた、長い年月をかけて島松沢の景観を形づくってきた大切な存在です。

NPO法人桜を守り育てる会では、旧島松駅逓所周辺を含む北広島市内で、桜の調査や剪定、樹勢回復のための管理などを行っています。

旧島松駅逓所周辺で桜の調査・剪定・管理を実施

桜は、美しい花を咲かせる一方で、樹齢を重ねるにつれて枝の枯れ込みや腐朽、病害などさまざまな問題が生じます。

特に歴史ある場所に残る古木では、単純に枝を切ればよいというものではありません。

木の状態を確認し、樹勢や周囲の環境を見ながら、必要な枝だけを剪定することが重要です。

NPO法人桜を守り育てる会では、樹木医など専門家とも連携しながら、旧島松駅逓所周辺にある桜の状態を確認し、間伐や剪定などの管理を行ってきました。

樹齢100年を超える桜に「不定根誘導」による緊急ケア

樹齢100年をはるかに超えるとされる桜の古木も、旧島松駅逓所には残っています。

2026年には、この古木を守るための相談を受け、「不定根誘導(ふていこんゆうどう)」と呼ばれる方法を用いたケアに取り組みました。

不定根とは、通常の根とは異なり、幹や枝などから新たに発生する根のこと。

古い桜では幹の内部が腐朽したり、根の働きが弱くなったりすることで、樹勢が低下することがあります。

そこで、木から発生した不定根を適切な環境へ誘導し、新しい根として成長させることで、将来的に木を支える力につなげていきます。

古木をすぐに伐採するのではなく、桜自身が持っている生命力を生かしながら、少しでも長く生き続けられる環境を整える取り組みです。

旧島松駅逓所の古木に行った実際の作業については、下記の記事で詳しく紹介しています

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北広島市や北海道の歴史を守ることと、桜を守ること

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クラーク博士の馬上像建立計画が進み、旧島松駅逓所がリニューアルされたことで、島松沢はこれまで以上に多くの方から注目される場所になっています。

しかし、歴史ある場所の魅力は、新しい施設や記念碑だけでつくられるものではありません。

春には花を咲かせ、夏には木陰をつくり、秋には葉を染め、北海道の厳しい冬を越えて再び春を迎える。

そんな木々の営みもまた、その土地が積み重ねてきた歴史の一部です。

建物や史跡とともに「その場所の風景」を残す

旧島松駅逓所に残る桜には、100年以上にわたり島松沢の移り変わりを見守ってきた木もあります。

建物を保存すること。

クラーク博士や中山久蔵翁など、北海道の歴史に関わった人々の功績を伝えること。

そして、その土地で長い年月を生きてきた桜を守ること。

これらは一見すると異なる活動に見えますが、いずれも「北広島の歴史と風景を次の世代へつなぐ」という点でつながっています。

桜のある島松沢(北広島市)の風景を100年先へ

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クラーク博士が島松沢で学生たちと別れてから、すでに約150年が経過しました。

旧島松駅逓所の建物が保存修理され、クラーク博士の馬上像建立という新たな取り組みが進む一方で、その周囲では昔からある桜が今も静かに生き続けています。

NPO法人桜を守り育てる会は、旧島松駅逓所をはじめ、北広島市内の公園や緑地などで、桜の調査・剪定・保全活動を続けています。

桜は植えた後の管理が大切です

桜は、植えればそれで終わりではありません。

10年、50年、100年と元気に花を咲かせてもらうためには、枝や幹、根の状態を観察し、それぞれの桜に合った剪定や治療、周辺環境の整備を続けていく必要があります。

若い桜には若い桜に必要な管理があり、100年を超える古木には古木に合った管理があります。

私たちは一本一本の桜と向き合いながら、将来の世代も同じ場所で桜を楽しめる環境を残していきたいと考えています。

「Boys, be ambitious!」の地に咲く桜を未来へ

「Boys, be ambitious!」の歴史が残る島松沢で、春になると元気な桜が花を咲かせる。

その風景を10年後、50年後、そして100年後の北広島にも残していくことが、私たちの願いです。

NPO法人桜を守り育てる会は、これからも地域の皆さまとともに、北広島の大切な桜を守り、育て、次の世代へつないでいきます。

▶ NPO法人桜を守り育てる会のこれまでの活動実績を見る

用語解説

駅逓所(えきていしょ)
交通網が十分に整っていなかった時代の北海道で、旅人の宿泊や、人馬の継立(次の区間へ人や馬を引き継ぐこと)、荷物の運搬などを担った中継施設。北海道独自の制度で、旧島松駅逓所は現存する建物としては道内最古です。

馬上像(ばじょうぞう)
馬にまたがった人物の姿をあらわした彫像。クラーク博士は馬上から名言を残したと伝えられており、その史実にちなんで建立が計画されています。

不定根・不定根誘導(ふていこん・ふていこんゆうどう)
不定根とは、通常の根ではなく、幹や枝などから新たに発生する根のこと。弱った木から出た不定根を適切な環境へ導き、新しい根として育てて木を支える力につなげる手法が「不定根誘導」です。

行在所(あんざいしょ)
天皇が外出や巡幸の際に一時的に滞在する仮の御所。旧島松駅逓所は、明治14年(1881年)の明治天皇の北海道巡幸の折に行在所となりました。

樹木医(じゅもくい)
樹木の診断や治療、保護・管理を専門とする資格者。古木や名木の保全に携わります。

アンビシャス基金
認定NPO法人クラーク会が、クラーク博士の馬上像建立などの事業を支えるために設けている募金の仕組みです。

認定NPO法人クラーク会
正式名称は「認定特定非営利活動法人 クラーク博士別れの地・久蔵の里普及促進会」。クラーク博士や中山久蔵翁の功績を顕彰し、クラーク精神を若い世代へ伝える活動を続けています。

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